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安倍首相の「トリクルダウンとは一度も言っていない」発言について

 2018年9月14日、自民党総裁選に向けて行われた安倍晋三氏と石破茂氏の公開討論において、安倍氏がこう言った。

 「先ほど石破氏から『今の安倍政権がとっているのはトリクルダウンの政策だ』という趣旨の話をいただきましたが、私はそんなことを一度も言ったことはありません」

 安倍政権が掲げる経済政策はアベノミクスと呼ばれているが、アベノミクスと聞くと自然とトリクルダウンという言葉を連想するのは私だけではないはずだ。
 トリクルダウン(trickle down)とは、「滴り落ちる」という意味で、経済においては「富める者が富めば、やがて貧しい者にも富が滴り落ちる」という考え方を指す。説明の際に、シャンパンタワーの頂上からシャンパンが注がれている図をよく目にする。

 この安倍氏の発言を受けて、同氏が国会において「トリクルダウン」という言葉を発した部分を調べてみた。



 2016年3月28日予算委員会
 “今の御指摘で基本的な誤認がございますので訂正させていただきたいと思いますが、安倍政権はいわゆるトリクルダウン理論で政策を進めているわけではないわけであります。
 三本の矢の政策を進めていく中において、まさに政労使の対話を呼びかけ、賃金の上昇をこれは我々からお願いをしているわけでございます。同時に、最低賃金は三年間で五十円以上上げてきたわけでございます。つまり、トリクルダウンを前提としておられるので、トリクルダウンではないということをまず申し上げておきたいと思います。”

 「トリクルダウンを前提としておられるので、トリクルダウンではないということをまず申し上げておきたいと思います」
 なるほど、よく分からない。別の発言を見てみよう。

 2015年1月28日参議院本会議。
 “現在の我が国においては、長引くデフレからの脱却と経済再生の実現が喫緊の課題であります。我々が目指しているのは、いわゆるトリクルダウンではなく、経済の好循環の実現であり、地方経済の底上げであります。このため、政労使による賃上げの促進などの取組や地方創生などにも取り組んでいるところであります。今後とも、三本の矢の政策を更に前に進めてまいります。”

 2015年2月2日参議院予算委員会
 “安倍政権が目指しておりますのは、いわゆるトリクルダウンではなくて、経済の好循環の実現であります。そして、同時に、地方経済の底上げでもあるわけでありまして、だからこそ、政労使の懇談会、会合を開いて、しっかりと収益を上げた企業においては賃上げを行ってもらいたい、あるいは設備投資を行ってもらう、そして下請企業に対して価格転嫁ができるように対応してもらいたいということを政府として要請し、先般、経団連側も合意していただいたわけでございます。”

 2015年2月17日衆議院本会議。
 “安倍内閣が目指しているのは、いわゆるトリクルダウンではなく、経済の好循環の実現であり、地方経済の底上げです。このため、政労使による賃上げ、設備投資の促進や下請企業への転嫁などの取り組みや、地方創生などにも取り組んでいるところです。”
 

 2015年2月23日衆議院予算委員会
 “まず訂正させていただきたいんですが、私はトリクルダウンということを言ったことはないわけでありまして、私が進めている政策に対して批判的に、それはトリクルダウンだと言う人はいますが、私は、先般も申し上げましたように、私たちが進めている政策は、いわゆるトリクルダウンではなくて、まさに成長力の底上げだということを申し上げており、さらには、好循環を回していくということを申し上げているわけでございます。”

 どうやら、トリクルダウンではなく経済の好循環と言いたいようだ。ではその経済の好循環とは何なのか。

 2016年1月27日衆議院本会議。
 “また、安倍内閣では、企業が高収益を上げ、それが賃金という形になって国民の所得がふえていくことによって消費がふえ、また企業の収益がふえていくという経済の好循環の実現、さらには地方経済の底上げを目指し、取り組んできました。
 この結果、全ての都道府県において税収が増加するなど成果が上がっていますが、これは、一部のグローバル企業から果実が徐々に均てんされるというトリクルダウンとは全く異なるものであります。”

 「企業が高収益を上げ、それが賃金という形になって国民の所得がふえていく」
 この辺りはトリクルダウンっぽいのだが、安倍氏の中では違うようだ。

 では、自民党の議員や大臣はどういう認識なのか。
 2018年2月20日に行われた衆議院予算委員会自民党佐藤ゆかり氏がこう発言している。

 “安倍内閣の政策のアベノミクス。経済政策は、よくトリクルダウンというふうに言われるわけでございます。私も経済のモデルをつくる側で長年仕事をしておりましたが、トリクルダウンといいますと、大きな木があって、雨が降って、そして、理論の世界であれば、このトリクルダウンの木も左右に一本ずつ枝があるぐらいの抽象化されたものでありますから、雨の水も滴りやすい、すぐに効果があらわれるということでございます。こういったものを前提として、評論家の方々もトリクルダウンはあらわれないじゃないかということをよくおっしゃるんだろうというふうに思います。
 しかしながら、現実はそんなに易しいことではありません。現実の木はさまざま枝葉が茂っておりますし、そういう中で、雨がぶつかって水が散るところもあれば、下に落ちるところも出てくる。なかなか根元に水がおりてこないエリアとおりてくる場所とさまざまというのが実際のトリクルダウンの木ではないかというふうに考えるわけでございます。”

 なんと、トリクルダウンを連呼している。

 2014年11月24日に行われた記者会見での当時の内閣府特命担当大臣甘利明氏の発言も見ておこう。

 “トリクルダウンがまだ弱いということです。だから、トリクルダウンを強くする。あるいは「ないんだ」ではなくて、収益を上げたところから還元していかないと、儲かっている人がため込んでいるだけで、一切外に出しませんといったら、経済の回復などあり得ない。だから、トリクルダウンを速くするという課題や、実質賃金ができるだけ早くプラスになるようにしていくなど、そういう課題が残っている。
 だから、仮に消費税率引上げを延期するということになるならば、そういう本来の企業収益が賃金や下請け代金に跳ね返ってくる、これが一回は起きているわけですから、2巡目、3巡目を起こしていく、そういう時間的猶予が必要だという判断だと思います。アベノミクスが完全に失敗していたら、どこまで延ばそうと、デフレに戻ってしまいます。デフレに戻らないようにトリクルダウンをしっかりスピードを速める、実質賃金が上がっていくようにする、その時間的猶予をもらいたいということだと思います。”

 やはりトリクルダウンを連呼している。

 2015年3月16日参議院予算委員会における自民党伊達忠一氏の発言。

 “それから、それに関連してなんですが、総理は二月の二日に参議院の本委員会で、上からたらたら垂らしていくのではなく、全体をしっかり底上げしていくのが私たちの政策だと、こう述べられました。いわゆるトリクルダウンということなんですが、先に上を豊かにして、そしてそれが下に波及をしていくという政策でないことを示しているわけでございますが、しかしながら、総理の経済ブレーンと言われるエール大学の浜田教授は、四月一日日本経済新聞の「経済教室」で、金融拡張は円安を招き、輸出企業が潤う、輸出も日本経済を下支えする、株式市場は活況になり、株式投資家の消費を促進する、それが庶民の生産や労働市場に下がってくる、こうした過程を踏まえると、アベノミクスはどちらかというとトリクルダウンだということをこれは掲載してございます。
 アベノミクスが、上を先に豊かにするというこのトリクルダウンの政策が、やっぱり勘違いというか、思われているということがこういうさっきの言った調査結果に表れているんじゃないのかなと、こう思うんですが、もしかそうでないとすれば、この際しっかりとこれを説明をしておいていただければと、こう思います。”

 「総理はトリクルダウンではないと言っているが、やはりアベノミクスはトリクルダウンなのではないか」と言っているように読める。

 2014年3月7日参議院本会議における麻生太郎財務大臣の発言。

 “いわゆるトリクルダウン論、滴が落ちてくるトリクルダウン論についてのお尋ねがありました。
 現内閣は、企業収益の拡大が賃金の上昇や雇用の拡大につながり、消費の拡大や投資の増加を通じて更なる企業収益の拡大に結び付くという経済の好循環の実現を目指しております。
 このため、これまで、企業の収益が賃上げのきっかけになるよう、所得拡大促進税制の拡充などの施策と併せて復興特別法人税の一年前倒し廃止を行うとともに、こうした施策による増益が賃金上昇につながるよう、政労使の三者で賃上げに向けた共通認識を取りまとめるなどの取組を行ったのは昨年の十二月の二十日、その答えが出てきておると思っております。
 現在、アベノミクスの効果もあり、有効求人倍率や失業率も改善、パートタイム労働者の時間当たり賃金も上昇するなど、幅広く雇用・所得環境の改善の兆しが見え始めていると考えております。”

 トリクルダウン論についての質問に対して安倍内閣の政策を語っていることからして、やはりアベノミクスはトリクルダウン論という認識なのではないだろうか。

 また、農林水産省は、「美しい村づくりの推進」というパンフレットの中でアベノミクスという言葉とトリクルダウンという言葉を矢印で結んでいる。

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 『今の安倍政権がとっているのはトリクルダウンの政策だ』と安倍氏本人は一度も言ったことがないそうだが、自民党の議員や大臣、省庁がアベノミクスについてトリクルダウンという言葉を使って発信しているのは確かだ。

 もしかすると、安倍氏の認識と他の与党議員、閣僚、官僚の認識とで食い違いが生じているのではないか。総理大臣が国の政策、進行方向をきちんと理解しているのか、心配である。







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