『ある全体主義者の本音』
権利というものが我慢ならん。人権というものが我慢ならん。
見ろ。今こうして我々が話をしている間にも、国中あちこちで、至る所で、人権の芽が育っている。大きくなっている。皆がてんでバラバラに勝手気ままに振舞っている。好き放題に自由を叫んで娯楽に興じている。自分のことだけを考え、無自覚に社会に牙を剥きながら、人生を謳歌している。実に不快だ。
法則性がない。混沌としている。カオスだ。まるでゲリラだ。まるでパルチザンだ。まるでテロだ。
連中はいつどこから現れるか分からん。ふいに現れては我々に襲いかかってくる。平穏を阻害し、作業の邪魔をし、混乱に陥れる。地獄のようだ。
太陽は東から昇り西に沈む。夜には闇が訪れ月と星が輝く。冬には雪が降り春には花が咲く。畑を耕し種を蒔けばやがて収穫の季節がやってくる。パンの欠片を投げれば小鳥が群がる。
美しい自然の法則がある。それに基づいて世界が動く、上位の法がある。
我々は、この美しく調和のとれた世界を守らねばならない。この世界の全てのものが法則に従って存在しているのと同じように、人は人らしくあらねばらなんのだ。
美しく調和のとれた国家をつくらねばならん。
我々は、上位の法を理解し、自然の法則を知覚し、それを国家に反映せねばらない。
人は一人では生きていけないのだ。社会をつくらねばならない。家族をつくらねばならない。国家をつくらねばならない。社会に属し、家族に属し、国家に属し、それぞれの持ち場で役割を果たす。それが人の在り方なのだ。
人は国の細胞だ。
役割を果たしてもらわねば困る。
男は働き、女は子を産み、子は育つ、そのように動いてもらわねば困るのだ。
全て滞りなく進んでもらわねば困る。
人権は、停滞を生むのだ。衝突を生むのだ。
細胞が皆てんでバラバラに動き出したら国はどうなる。自分のことだけを考え、個人として人生を歩み始めたらどうなる。
人権は異物だ。麻薬だ。人を狂わす毒だ。
国を壊すために敵が撒き散らした病原菌なのだ。
今では国中にその病原菌が蔓延している。
細胞が王のように振舞っている。
排除せねばならない。駆逐せねばならない。
人権と、それに侵された細胞を駆逐せねばならない。