桜を見る会の招待者推薦については個人情報の関係で答弁を差し控えたい、との答弁書が閣議決定された件
国会の質疑で内閣府が「桜を見る会の資料はすでに廃棄した」と答弁したことについて5月25日のブログで取り上げた。
参考人である井野官房長の説明によると、該当の資料は保存期間一年未満ですでに廃棄したとのことだったが、調べてみると、桜を見る会に関する資料は長いもので10年の保存期間が定められており、その点を指摘した。
記事には、はてなブックマークのコメントが多数付いた。
「前例主義の役所が前例を廃棄するはずはないんだよな。」
「そりゃそうだなとしか。誰か公文書開示請求してみて?/重箱の隅つついて嫌がらせしてるだけってブコメ、文書主義は近代国家の基礎だぞ?毎年の行事を言い伝えで継承してることになるが、おかしいと思わんの?」
「何が何でも検証させないという強い意志を感じる。」
「これで国民が領収書廃棄したら税務署乗り込んでくるんだから笑える」
もっともな意見だなと思う。
さて、この件を追及している日本共産党宮本徹衆議院議員が、5月28日、「安倍総理主催『桜を見る会』に関する質問主意書」を提出していたが、それに対する答弁書が6月7日に届いたようだ。
質問主意書、答弁書の全文はこちらの宮本議員のホームページで公開されている。
miyamototooru.info
提出した質問主意書の中に、「『桜を見る会』への招待は、いったいどういう基準で行われているのか」という内容が含まれている。
宮本議員は、ジャパンライフ創業者を推薦した省庁はどこか、というピンポイントの質問をしていたが、この問題は他の招待者についても同じだ。
5月21日の財務金融委員会の質疑によると、桜を見る会へ誰を招待するかは各省庁からの推薦を踏まえて内閣府と内閣官房が最終的に決定するということらしいが、どの省庁がどういう理由で推薦したのか、最終決定はどのように行われるのか、選定の過程が不透明なのだ。
税金を費やして開催される行事に誰がどういう基準で誰によって選ばれて招待されるのか、やはり気になる。
質問主意書に対し、閣議決定された答弁書にはこう書かれている。
”「桜を見る会」の個別の招待者の推薦元については、当該招待者の個人に関する情報が明らかになるおそれがあることから、お答えすることは差し控えたい”
個人情報の関係で答えられないということだろうか。
しかし、それはおかしな話だ。
招待者の個人情報への配慮は必要だろうが、何もプライベートな情報を公開してほしいと言っているわけではない。
招待者として推薦したのはどの省庁かを教えてほしいだけだ。
もっと言えば、誰がどういう理由で推薦したのかということだ。
5月13日の決算行政監視委員会で、菅義偉内閣官房長官はこう答弁している。
”また、この桜を見る会は、昭和二十七年以来、内閣総理大臣が各界において功績、功労のあった方々を招き、日ごろの御苦労を慰労するとともに、親しく懇談される内閣の公的行事として開催をしているものであり、必要な経費については予算から先ほど言われましたように支出しているということであります。”
桜を見る会へは、「各界において功績、功労のあった方々」が招待される。
招待者の選定が適切かどうか問われているのなら、政府としてはとりあえず招待した人の「功績、功労」と、誰が「功績、功労」を評価したのかくらいは明らかにするべきだろう。
この会に招待されるのは名誉なことで、会に招待されるほどの「功績、功労」について、また、どの省庁がその「功績、功労」を評価したのかについて公表することは、特にプライベートなことでもなく、問題がないと思う。
実際に、省庁が「功績、功労」を示して個別の招待者を紹介しているケースもある。
”今般、内閣総理大臣から、株式会社愛媛CATVの神山 充雅(こうやま みつまさ)取締役会長が、平成29年4月に開催される総理主催の「桜を見る会」に招待されますので、お知らせします。”
これは、総務省四国総合通信局のウェブページに掲載されているものだ。
推薦理由も書かれており、「ケーブルテレビ事業等を通じた全国に先駆けた取組等による情報通信の発展及び地域の情報化への多大な貢献。」となっている。
これだけ情報提供をしてくれたら納得できる。
総務省は新潟県の行政相談委員の方が会に招待されたことについても公開している。行政相談員の重要性や本人の表彰歴等が書かれており、これも納得できる。
これと同じように、招待者の「功績、功労」を推薦理由として示す各省庁の資料があるはずで、それを明らかにすれば選定の適切性についての議論が前に進む。
それとも、招待者の中でそういったことを公開できる人とそうでない人がいるのだろうか。
もしそうであれば、両者の違いは何なのか。
何か不都合なことでもあるのだろうかと勘ぐってしまう。
2014年に8%になった消費税をがさらに引き上げられようとしている中で、税金の使途について厳しい目が向けられるのは当然のことだ。
内閣府には、この件について改めて説明責任を果たしてもらいたい。